「はぁ〜」

 病院の診察室の前のイスにて、あたしこと小牧郁乃は、何度目になるか分からないため息をつく。

「ほら、郁乃。ため息ばかりついてると幸せ逃げちゃうよ?」
「だいじょーぶよ。もうあたしの中に幸せなんてないから」
「もぅ、郁乃ってばぁ〜」


 夏の真っ只中に、あたしはおねーちゃんと病院にきていた。俗に言う検診という奴。
 決死のリハビリの甲斐あって、なんとか車椅子から卒業は出来るくらいにはなった。もっとも、ま
だ無理は禁物だけど。


 目の手術は成功した。学校に行けるようになった。けど、あたしの病気は…まだ完全に治ったとは
言いがたい。

 すい管手術………すい島移植手術が保険適用されるのに、まだ少しだけ時間が掛かるようだ。
 だから、まだ暫く…いや当分あたしの病院通いは卒業できそうにない。


「あ、えと………お姉ちゃん、ちょっと売店で何か買ってくるね」
「はいはい、行ってらっしゃい。どうぞごゆっくり」

 パタパタと手を振り、おねーちゃんを見送る。あたしは、一人残されるという形となった。


(ヒマだなぁ………)


 そう思っていたときだった。


 ガチャッ――――


「ありがとうございました」

 診察室から、一人の男の子…多分あたしと同い年か、その上くらいのが出てきた。見た目は結構元
気そうだけど、何処か悪い…のよね。きっと………


 その男の子は、そのままロビーへと歩いていってしまった。




 何故だか、あたしはその男の子のことをずっと目で追っていた――――――





ToHeart2SS ココロの傷跡 〜Episode.0〜 (250,000HIT記念SS)





「あれ?」

 診察を終えてロビーに戻ってくると、そこにはおねーちゃんのほかに見知った顔ぶれが。


「あ、郁乃」
「わぁ、郁乃ちゃんであります♪」
「郁乃ちゃん、久しぶり」
「………?」

 おねーちゃんの横には、貴明とこのみちゃんがいた。………なんで二人がここにいるのかしら?
病気してるようには見えないんだけど………ってあれ? 貴明の横にいる男の子って………

「郁乃、どうかしたの?」
「ふぇっ? あ、いや………その………」

 あたしは慌てふためいて、口が上手く回らなかった。視線は、貴明の横の男の子のほうに向く。

「え、あの………どうも」

 男の子は男の子で戸惑いながらも、会釈する。あたしもそれに釣られて会釈した。


「あぁ、そっか。郁乃ちゃん、こっちは最近家に住むことになった、佐川睦月って言うんだ。二学期
から、俺達と同じ学校に通うことになってるんだよ」
「えへ〜、ムッくんはわたしや郁乃ちゃんと同じ学年なんだよ。だから、もしかしたらどっちかが一
緒のクラスになれるかもしれないね」
「あ、睦月君? この子は、私の妹で郁乃っていいます。よろしくしてあげてくださいね♪」


 三人からの紹介が入り、男の子−佐川睦月が会釈しながら口を開く。

「どうも、佐川睦月です。初めまして………」
「あ、どうもご丁寧に。小牧郁乃です、よろしく………」

 な、なんだろ? この佐川くんって人………なんか妙な感じがする。
 なんか、今までに会ったことのない男の子ってゆーか………それに、なんだか不安定な感じも……

「ふぅ………」


 って、あれ? なんか興味なさげに天井見上げちゃってるんだけど? 照れ隠し…にはとても見え
ない。動揺………してるとは思えない。

 い、一体なんなのよ、この男は!? あたしのこと、そんなに興味ないってことなの!?


 って、なんであたしはこんな気持ちになってるわけ?
 ………うん、きっと気のせいね。そうよ、そうに違いないわ。

「郁乃? どうかしたの?」
「別に」

 平然を装い、そっぽを向いて短く答える。

「そう? ………そういえば、郁乃。検査のほう、どうだったの?」
「ん、特に問題なかった。よくここまで体力取り戻したね、って褒められた」
「そっかぁ、良かったね郁乃ちゃん♪」

 えへ〜と笑いながらこのみちゃん。この子の笑顔は、ホントに表裏がないってゆーか、素直に受け
止められるような感じがする。少なくとも、大人の愛想笑いとは全然違う。

「全く、ホントこのみは病院とは釣り合わない感じするよな」
「む〜、タカくん。それどー言う意味でありますか?」
「むくれるなって。そんな変な意味じゃないから」
「そんなこと言って、このみをはぐらかそうとしてもダメだよ、タカくん」
「ははははは………」


 むくれながらも、ちゃっかり貴明の腕に抱きついて甘えているこのみちゃん。誰が見ても、仲睦ま
しい恋人同士だ。あたしも学校通い始めて改めて思い知らされたんだけど、今じゃこの二人は学校内
最強とも言えるバカップル。

 ホント、よくあそこまでラブラブフィールドを展開できるものね。


「…………………」
(おねーちゃん………なんか切なそう。やっぱり………まだコイツの事………)


 おねーちゃんが貴明に対して友達以上の感情を抱いているは、私もよく知っている。春先に、書庫
の手伝いをしたことがきっかけだと聞いているけど、実際は何があったのかはあたしはよく知らない。
 ただ、おねーちゃんが告白する前に貴明とこのみちゃんが付き合うこととなり、おねーちゃんが付
け入る隙がなくなってしまった、というわけなのだ。

 ホント、いい加減おねーちゃんにも幸せになって欲しいって思ってるのに、どーしてカミサマはこ
うも残酷なのかしら? って、グダグダ言っても仕方が無いことぐらい、分かってるつもりだけど。


「はぁ〜………お二人さん、ちょっとは場所弁えてくんない?」
「えっ? あ………」
「ふぇ?」


 佐川くんの呆れ顔とともに放たれた突込みが入る。

 貴明は表情をこわばらせながら冷や汗かいてるけど、このみちゃんは、全然佐川くんの言ったこと
を把握してないわね。まぁ、それも今に始まったことじゃないわよね。


「ま、今に始まったことじゃない…か」

 そう呟きながら、再び天井をぼんやり見上げる。………何気にあたしと同じこと考えてたわね。


「そ、そういえばさ………郁乃ちゃんってもう病気のほうは、いいのかな? 随分元気にはなったみ
たいだけど」

 気まずくなったのか、貴明が話題を切り出す。

「病気のほうは、まだ感知したわけじゃないわよ。おかげで当分は病院通いが続くし、検査入院とか
も考えられるし………まだまだ解放されそうにないわね」

 ため息混じりに、あからさまに不機嫌です、といわんばかりにあたしは言った。案の定、貴明は罰
の悪そうな顔をする。

「ご、ごめん郁乃ちゃん。軽率だった………ホント、ゴメンっ!」
「もぉ、タカくんってば。郁乃ちゃん、タカくんの事…許してあげて? タカくん、郁乃ちゃんのこ
と心配して言ってくれたんだと思うから」
「分かってるわよ、あたしはもう気にしてないから」

 そう言いつつも、とがった口は直りそうにない。

「い、郁乃ぉ〜、そんなに拗ねないでぇ〜」

 おねーちゃんがいつものように、あたしにすがりつくかのように間延びする声を発する。そんな姉
にむかって、あたしはキッパリ言い放つ。

「拗ねたくもなるわよ! 散々入院とかさせられて。まぁ、仕方ないとは思ってるけど………」
「で、でもでも………ちゃんと車椅子生活からも解放させられつつあるし、今までは色々と大変だっ
たけど、今度からは色んなところに遊びに行けたり………」
「色々と大変なのは今も、だけどね」
「はぅ………」

 おねーちゃんは項垂れてしまう。貴明やこのみちゃんも、どこか気まずそうな表情をしている。
 流石に………言いすぎたかもしれない。いくらなんでも、人に当たるのはよくない…よね。うん。


 あたしがおねーちゃんに向かって口を開こうとした。そのときだった――――――


「なぁ………」
「えっ?」

 突如、聞きなれない声があたしを呼ぶ。佐川くんだった。

「アンタ、病気でずっと入院してたんだろ? それこそ、学校行く間もないくらい」
「え、うん、まぁ………それが?」
「つい最近手術したんだってな。それで、なんとか学校いけるようになったって聞いたけど……」
「まぁ………ね。病気そのものは、まだ解決したわけじゃないけど………」


 コイツ………一体何が言いたいのかしら?




「そっか………良かったじゃん」




 ……………え? なに、言ってるの?

「ム、ムッくん?」
「えと、その………」

 このみちゃんやおねーちゃんも、佐川くんの言ってることに、混乱を覚えているようだ。かく言う
あたしも、コイツが何を言いたいのか、未だにつかめない。

「少なくとも、退院して家から学校行けるようにはなったんだろ? しかも、車椅子からも解放され
つつあるんだろ?」
「う、うん………」

 佐川くんは、まるで確かめるように、あたしに問いただす。あたしは、ただ頷くほかできなかった。

「だったら、良かったじゃんか」

 佐川くんが、静かに微笑む。

「ずっと病院のベッドの上だったのが、今はその足で外に出られるようにはなったんだ。皆と同じ学
校行けるようになって、車椅子からもほぼ解放されている。段々と、普通の生活に戻ってるってこっ
たろ? だったら、前向きに良かったでいいんじゃないのかなーって………思ったんだけどな」


 ……………………………。

「……………………」


 声が、出せなかった。

 あたしだけじゃない。おねーちゃんも、貴明も、このみちゃんも、睦月の言葉に声も出なかった。
ただ、睦月は誰も何も言わないことに疑問を抱いたのかきょとんとした表情を見せる。


「あれ? 俺、変なこと………言い…ました? つか、それじゃダメ………だったのかな?」

 だんだんと不安そうな顔になる佐川くん。そんな彼に、貴明は微笑み、静かに首を振る。

「いや、全然そんなことないよ。な、このみ?」
「うん。ムッくん、なんかカッコイイよ」
「え? そーか?」

 さっきとは打って変わってニコニコしている貴明とこのみちゃん。佐川くんはこのみちゃんの言葉
にワケがわからないと言いたげに首をかしげている。


 なんか………イライラしてたのが、なくなった。同時に、なんか嬉しい気分にさえなってきた。

 佐川くんは、今までの病気のあたしについては殆ど触れてこなかった。ただ、あたしが元気になっ
てきたことだけに対して、良かったじゃん、と言ってくれた。


「あ、あの………」


 ありがとう、と言おうとしたそのとき――――――



『受付番号○×△□番、佐川睦月さん。受付までお越し下さい―――――』



 スピーカーから聞こえる声に反応し、佐川くんが早々に立ち上がり、会釈して受付までさっさと行
ってしまう。

 って、ありがとうぐらい言わせなさいよ…全く。


「あはは………じゃあまたね、愛佳、郁乃ちゃん」
「さよなら、郁乃ちゃん、愛佳さん」


 そう言って、二人は会計を済ませた佐川くんと一緒に病院を出て行った。



「………佐川くん。良い人だったね」

 おねーちゃんがポツリとそういった。あたしはそのときだけは、その言葉に――――――



「うん………そーだね」



 素直に、同意していた。




 これが、あたしと睦月の正真正銘の出会い。
 特に何てことない、病院内での、知り合い同士を通じての出会い。




 あたしが、睦月のことを特別な目で見るようになるのは、もう少し先の話。




‐Fin‐




あとがき 250,000HIT記念SSはココロの傷跡より、お送りいたします。 アナザーデイズが発売され、書きたくなりました。やっぱり郁乃サイコーッスよ♪ あと、シルファとちゃる、そしてよっちも。 そーいえば、ココロの傷跡にちゃるやよっち出てないですね。 ………出そうかな?(というか、出せるのか? とりあえず、本編のほうもよろしくお願いします。 それでは、また。 感想・意見・リクエストがある方は、BBSまたはメールでどうぞ。
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