*ネタバレ危険。ネタバレアレルギーの方は今すぐ引き返してください。満載です。




声。
声が聞こえる。
まどろみの中を漂いながらその声を聞いているうちに、それは次第にしっかりとした質感を帯びてくる。
ふと、気付いた。
これは……唄だ。
誰かが唄を歌っている。
音程すらもあいまいで、ひょっとしたら歌詞なんてものもないのかもしれないけれど。
それは、確かに唄だった。
僕は、目を開いた。

「起きた?」

差し込んでくる光に昼間の勢いはない。
寝起きで霞む視界に飛び込んできたのは、幼馴染の髪を飾る鈴の輝きだった。

「鈴……」
「よく寝てたな」
「今何時……ってうわ、もうこんな時間じゃないか」

壁の時計を見てみると、記憶にある位置より、短針が四分の一回りほど傾いていた。
これはひどい。
いくらなんでも寝すぎだ。

「ごめん、鈴。すっかり寝過ごしちゃったね。退屈だったでしょ」
「気にするな、わざと起こさなかったんだ。おまえ、最近あんま寝てなかっただろ」
「いやまあ、準備とかいろいろあったし……」
「だめだ。まだ怪我も治りきってないんだぞ。ちゃんとねろ」

猫たちを見習え。とかいいながら最近の僕の生活態度の問題点を列挙し始める鈴。
いや、猫並みに寝てたら人間としてちょっとどうかと思うけど。
思わず苦笑がもれる。
他人の生活態度に難癖つける鈴なんて、ほんの一月前までは想像すらできなかったなぁ。
そんなことを考えていたら、

「こら、聞いてるのか、理樹」

目ざとく注意された。
なかなか厳しかった。

「うん、ごめん。でも今日で一区切りついたから、明日からはちゃんと寝られるよ」
「ほんとうだな? 約束したぞ」

素直に反省の意を示して、お許しの言葉をもらうことにする。
一つ伸びをしてあたりを見渡せば、寝付いてしまう前と大して変わらない机の配置が目に入る。
変わったのは、机を照らす光の色合いが白から朱へと移ったことだけ。
夕暮れの教室に、人の気配はなかった。

「……みんな、いない……」

知らずこぼれた声に、鈴が頷く。
ちりん、と髪飾りの鈴が音を立てた。

「うん。みんないない。恭介も、真人も、謙吾も、はるかもみおもクドもくるがやも、クラスのみん
なも。…………こまりちゃんも。みんな、もういない」
「うん……」

今日で、2年E組の歴史は終わる。
クラスを構成する生徒のほとんどを失って。
学校葬の終わったこの日、2年E組は解散になったのだ。

「……でも」

それでも、鈴はこう言った。

「あたしは、ここにいる」

だから、僕もこう返す。

「僕も、ここにいる」




ねえ。
恭介、真人、謙吾、リトルバスターズのみんな。
まだ気持ちの整理なんてつかないし、みんなのことを考えると寂しくてたまらなくなるけれど。
それでも、僕たちはここにいるよ。
二人で、生きてるよ。





〜女王猫と気高き子猫〜





「あれ?」

教科書を詰め込んだ鞄を机の上に置き、さあ帰ろうかと辺りを見回した僕は、教室内に鈴の姿が見え
ないことに気付いた。ある日の放課後のことである。

「どこに行ったんだろう……?」

もう一度教室を隅から隅まで見回すけれども、やっぱり鈴の姿はない。
本日最後の授業が終わったばかりの教室は弾むような活気に満ちていて、クラスメイトたちが忙しそ
うに、あるいは楽しそうに動き回っている。
その中の一人、鈴と席が近い女子に訊いてみると、

「棗さん? 棗さんだったらチャイムが鳴ってすぐに教室を出て行ったわよ?」

とのことだった。

「どこに行ったか分からない?」
「さあ……そこまでは。なんだかあわてた様子だったけど」
「そっか、ありがとう」

本当にどこに行ったんだろう?
お礼を言って、鈴の行きそうな場所をあれこれ考え始めた僕に、

「あ、待って、直枝君」
「え?」
「棗さんの鞄、持って行ってあげてくれない?」

妙に膨らんだ、鈴の鞄が差し出された。




さて。
二人分の鞄を抱えて歩きながら、僕は考える。
この学校は結構広いけど、鈴の行きそうな場所となるとそれほど数は多くない。
もちろん校外まで含めれば話は別になるけど、鈴は鞄を置きっぱなしにしていた。
それが故意だとすれば、当然取りに戻ること考えて行動しているはずだ。
……本当に忘れてしまっただけではないと信じたい。
いや、信じてるよ。鈴。

となると、学校内で、鈴にとって鞄を持っていては不都合な、あるいは鞄を持っていくのを忘れるほ
ど早く行きたい場所。

そんな場所、僕には一つしか思いつかなかった。



その場所へ向けて歩を進めていくと、かすかに話し声と、動物の鳴き声が聞こえてきた。

「……いた」

その場所、渡り廊下の片隅に鈴はいた。
周りにはいつものように猫だかりができている。
良かった、教室の鞄は考えてのことだったんだ。
それにしても……なんだろう? 猫たちがいつもより興奮気味な気がする。

「みんな、ごめんな……。今日はモンペチの新作を持ってきてやるつもりだったのに……」

鈴の声が聞こえてくる。

「鞄ごと教室に忘れてきてしまった……」

……素で忘れていた!

「あたしはアホの子だ……。何のために急いで教室を出たんだ、わけわからん……」

猫たちに囲まれながら、頭を抱えてうなっている。
いやまあ、なるほど。
これで急いでいた理由と、妙に鞄が膨らんでいる理由が明らかになった。
鈴らしいというか、なんとまあ。
とにかくそういうことなら話は早い。
僕は、鈴の鞄に入ったお宝を届けるべく、さらに一歩を踏み出し――

「あれ……?」

――渡り廊下の影、ちょうど鈴からは死角になっている場所にうずくまる人影を見て歩みを止めた。
長い髪を頭の高い位置から二房出し、紺色のリボンでまとめて残りは流した変則的なツインテール。
運動部御用達の、学校指定体操服の後姿。
あれは――

「笹瀬川さん?」
「――っ!!?」
「そんなところで何を――むぐっ!?」

次の瞬間、僕は猛烈な勢いで飛び掛ってきた笹瀬川さんに口をふさがれ、渡り廊下の影に引きずりこ
まれた。

「ん?」

ちりりん、と鈴が鳴る。
鈴がこっちの方を見たらしい。

「今、理樹の声が聞こえた気がしたんだが、空耳か?」

首をかしげた気配の後、鈴はついに幻聴まで……もしかしたらあたしはボケたのかもしれんとかいい
ながら猫と遊ぶのに戻ったようだった。
僕の口をふさいで息を殺していた笹瀬川さんが、はぁ……と息を吐きつつ解放してくれる。

「……で、こんなところで何してるの? 笹瀬川さん」
「う……」

若干抑え気味の声でたずねると、笹瀬川さんはばつが悪そうにそっぽを向いた。

「い、いえ……。別に何もありませんわ。ただ、あれからどうしたかと思って……」
「あれから?」
「いえ……ですからその……」
「……ああ、事故からってことか」

さらにばつが悪そうに黙り込む笹瀬川さん。
それは、肯定の意志を表していた。




一学期の終わり、僕らの修学旅行のバスを襲った悲劇。
学校中に衝撃を与えたあの事故以来、鈴は……なんというか、強くなったと思う。
あの人間恐怖症とも言い換えられるような極度の人見知りはどこかに忘れてきたかのように影を潜め、
クラスメイトとも普通とはいかなくても、それなりに付き合うようになった。
いや、事実、忘れてきたのかもしれない。
リトルバスターズのみんなが最後にくれた、あの、優しさばかりが詰まった世界に。
そんなこんなで、時々みんなのことを思い出しては寂しい思いをしているようだけど、それ以外は今
まで通り、本当に今まで通りに日々を過ごしているように見える。
もちろん、それは僕にも当てはまることだけれど。




「と、いうわけで、まあまあ元気に過ごしてるみたいだよ、鈴は。心配してくれてありがとう」
「……ちょっと、勘違いしないで下さる? わたくしは棗さんの心配なんてぜんぜん、まったく、さ
っぱり、小指の先ほどもしてませんのよ?」
「はあ」

ものすごい否定っぷりだった。
笹瀬川さんの性格上、そう言うんじゃないかとは思ってたけど、ここまで予想通りだともう何もいえ
なくなる。

でも、嘘は言ってないみたいだ。
ここで照れて赤くなりながらでも言ったなら一発で分かるんだけど、本当に鈴のことは心配していな
い、ということなんだろう。

……あれ? だったら……。

「それじゃあ、どうして鈴のことをコソコソ見張ってたの?」
「コソコソなんてしてませんっ!!」
「いや、そこは置いといてさ。あともう少しボリューム下げないと鈴に聞こえるよ」

あわてて今度は自分の口を押さえる笹瀬川さん。
そんなに見つかりたくないんだろうか。
やっぱり、何かあるんだろうな。

「……えーと、僕は笹瀬川さんが何の理由もなくこういう事をする人じゃないと思ってるけど、同情
とか、そういうので動く人でもないと思うんだよ」
「……いきなりなんですの?」

突然話し出した僕を見て、笹瀬川さんが怪訝そうに眉をひそめる。
正直、僕も唐突だと思う。
何の前触れもなく話題を展開し始めるのは恭介や葉留佳さんの専売特許だったけど、僕自身がそれを
する立場になったのはこれが初めてのことかもしれない。
それでも、この話はなんとなく聴いておかなくちゃいけない気がしたんだ。

「良かったら教えてもらえないかな? あるんでしょ? 鈴から隠れないといけない理由」

そうだ。
鈴の様子を確認したいだけなら、いつものように取り巻きの子たちを連れて鈴の前に現れれば事足りる。
たぶんほぼ確実にバトルが勃発するだろうけど、まあ、それ自体はよくある事だし。
でも、笹瀬川さんはわざわざ鈴に見つからないように様子を窺っていた。
これは、まったく彼女らしくない。
プライドの高い笹瀬川さんが、そうまでする何かがあるんだ。

笹瀬川さんは、しばらくの間黙ったままだった。
やがて、ぽつりと。

「……神北さんのためですわ」

と、言った。

「……神北さんって、あの神北さん?」
「あなたがどの神北さんを指して言っているのかは知りませんが、わたくしが言っているのは2年E
組の生徒だった神北小毬さんのことですわ」

……驚いた。
笹瀬川さんが告げた名前は、僕と鈴のよく知る人のものだったから。
そういえば、笹瀬川さんと仲がいいとか言っていた気がする。

「神北さんとは多少縁があって、今年に入ってからたまに聞かされてましたの。ずっと一緒にいたい
親友ができたんだって。ま、それが棗さんだと分かったのはごく最近でしたけど」
「それが、どうして鈴を見張ることと?」
「そうですわね……。あえて言うなら、『わたくしの前の棗鈴でない棗鈴』じゃないとダメだった、
ってことですわね」

笹瀬川さんの言葉は何とも難解だったけど、なんとなく言いたいことは伝わってきた。
さすがは自他共に認めるライバル同士。
相手のことを良く分かっているというか、つまりはこういうことなんだろう。
ライバルを前に強がっていない、素の棗鈴を確認したかった、と。

「わたくしが去った途端ばたんきゅう、では意味がありませんの。万が一にも無いとは思っていまし
たが、もし棗さんがみっともなく凹んで腑抜けになってたりするようなことがあれば、そんなのと親
友宣言をしてしまった神北さんが気の毒で仕方がありませんわ」
「だから、隠れて鈴の様子を見に?」
「それ以外に何があると言いますの? ……あんなことになってしまって、もう神北さんは親友宣言
を取り消せませんもの。だったら、せめて取り消さなくても済むようにして差し上げるのが、親友の
ライバルの勤めだと思いませんこと?」

ああもう。
変わらない。
笹瀬川さんは、ぜんぜん変わってなかった。
歯に衣着せないその発言に、思わず笑みすらこぼれてくる。
今の言い方じゃ、まるで小毬さんが親友宣言を取り消すのが最善みたいじゃないか。

「それで、小毬さんの親友のライバルとしてどう思う? 今の鈴は腑抜けちゃってる?」

僕のそんな問いに、笹瀬川さんはやっぱりいつものようにそっぽを向きながら、

「……まあまあ元気じゃありませんこと?」

と、そんな風に答えてくれた。

「じゃあ、もし本当に鈴が腑抜けてたら、その時はどうしたの?」
「もちろん、ボコボコにして根性叩きなおしてやるまでですわ」

直後にそんな会話があったのは、ご愛嬌ということで。




向こう側から聞こえてくる鈴の音を聴きながら談笑することしばし。

「さて、ずいぶんと無駄な時間を食ってしまいましたわ。わたくしは練習に戻るとします」
「鈴に会っていかないの?」
「おかしなことを言いますのね? わたくしは飛ばしてしまったボールを捜しに来ただけですわ」
「……いやまあ、うん、分かったよ」
「それならよろしいですわ。……では直枝さん、ごきげんよう」

笹瀬川さんは、そう言って踵を返した。
そろりそろりと音を立てないように慎重な足取りで歩いていく笹瀬川さん。
どうあっても見つかるつもりはないらしい。
まったく、最後の最後まで本当に素直じゃない人だったなぁ。
ああ、そういえばもう一つ伝えるべきことがあった。

「笹瀬川さん!」

呼び止める。

「女子ソフトボール部部長就任、おめでとう」

振り返った笹瀬川さんは一瞬驚いた表情を浮かべた後、

「当然の結果ですわ」

昂然と笑って、そして今度こそ歩き去って行った。




「鈴」

近くに寄っていって、声をかける。

「わ! 今度は本物の理樹だっ! みんな、散れ!」

二、三匹の猫を背中に乗せて遊んでいた鈴は、あわてた声を上げて周りに群がっている猫を追い払い
始めた。
僕と鈴の付き合いもいい加減長いけど、鈴はまだ自分の猫好きを認めていない。
もちろん普段の様子を見てればバレバレなんだけど、それを指摘しても頑として首を縦に振らず、口
を開けば放って置くのもかわいそうだから世話してるだけだとばかり。

つまりは、筋金入りの素直じゃない子なのだ、鈴は。

遊びの最中だったらしく、猫たちはなかなか鈴のそばから離れない。
しまいに、

「ふか――――――――っ!!」

と鈴が一喝して、ようやくパラパラと蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

「ふう……。で、なんだ? 理樹」
「何だって、教室にいなかったでしょ、鈴。探しに来たんだよ」
「む、そうだったのか……。ごめん……ってそれあたしのかばんっ!」
「ああうん、鈴の後ろの女子から持ってってあげてって頼まれたんだ。はい」

差し出した鞄を、鈴はひったくるように受け取った。
そうして、いたずらが見つかった子供のように上目遣いで見上げてくる。

「……中身、見た?」
「いや、見てないけど?」

本当は大体予想が付いていたけど、ここはすっとぼけることにする。
発言を聞いただけで、中身は見ていないのだから嘘は言ってない。

「うそだっ、みたろっ」
「見てないよ」
「いや、あたしにはわかるっ。その目はかせいふの目だっ」
「わけわかんないし、そんな目してないから」
「じゃあしょうじに目ありだっ!」
「違うってば(惜しい! そっちじゃなかった!)」

そんなやり取りがしばらく続き、

「……ほんとうに、見てないんだな?」
「本当本当」

ようやく、鈴は納得してくれた。

「うしろの席……たかやなぎか。あとでお礼を言っておこう」
「鈴、高柳さんと仲良かったっけ?」
「そんなでもない。でも、よく気がきくいいやつだ」

言いながら、鈴は鞄を開けて猫缶を取り出していく。
さっきの問答がまったくの無駄になってる気がするけど、上機嫌な鈴にとってはもうどうでもいいよ
うだ。
一個、二個と地面に並べていき、全部取り出したところで満足げに頷いた。

と。

「……ん? 理樹、それなんだ?」

鈴の白くて細い指が、僕の左手にあるものを指差した。

「あ、これ?」

腰の高さまで持ち上げ、その物体の平面になってる方を鈴に向けてやる。

「……もんぺちじゃないか。どうしたんだ、それ。買ってきたのか?」
「いや、これは鈴の友達にもらったんだよ。鈴に渡してくれってね」
「あたしのともだち? だれだ? 寮長か?」
「違うけど、鈴もよく知ってる人だよ」
「……よくわからんが、まあいい。そいつにもあとでお礼を言っておこう。理樹、それも開けてやっ
てくれ」
「はいはい」

僕はしゃがみこみ、残った自分の鞄を脇へと置いた。
鈴に言ったことは、ほとんど正解で、ほんの少し間違っている。
この猫缶は、笹瀬川さんが置いていったものだ。
渡していったのではなく、置いていった――つまり僕は、笹瀬川さんが立ち去ったあと、彼女が身を
隠していた場所に一つだけ落ちていたこの猫缶を拾い上げたのである。
もしかしたら笹瀬川さんではなく、他の誰かが忘れていったのかもしれないけど、僕には不思議とこ
れが笹瀬川さんによって持ち込まれたものだという確信があった。

本当に、素直じゃない。
鈴も、笹瀬川さんも。




ねえ、小毬さん。
小毬さんが選んだ二人の『ずっと一緒にいたい親友』は、どちらもどこか不器用で、素直じゃなくて、
顔を合わせればケンカばっかりしてるけど。
それでも本当はとっても仲良しで、そして、二人とも小毬さんが大好きだよ。
僕が保障する。
だから、小毬さんもずっと二人の親友でいてあげてね。




明日のお昼は鈴と二人で屋上に上がって、お菓子片手に、ソフトボール部の昼練を眺めながら食べる
のもいいかもしれない。

そんなことを考えながら、僕は人肌に温まった猫缶の封を切ったのだった。




あとがき

初めての投稿作品となります。かたてなべです。
リトバス二次創作の初っ端は、巷で話題の鈴ノーマルエンドアフターにしてみました。
理樹と鈴、二人だけが生き残った世界での、その日常です。
本編の終着点がああである以上、トラウマ関係とか矛盾だらけですが、
その辺は空よりも広いお心で勘弁してください。

理樹はナルコレプシー、鈴はトラウマをそれぞれ払拭しています。レベル99です。
もはや向かうところ敵なしです。
笹瀬川さんは本編にあんま出てこなかったのと、作者の技量不足でなんか変な感じに。
ツンデレ難しい。

最後に、ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
かたてなべでした。




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